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第一区分:被災者の生活再建の困難、復興政策に対する発言など
この先、生活はどうなるのか
今までにもアンケートに何度か答えて来ましたが、生活に何も良くなった事はありません。正直、生活に疲れました。これからの人生、どこまで頑張って生きていけるかわかりません。
(長田区で被災、全焼、神戸市営住宅に居住、60歳代男性、妻と同居)
年金が5万円しかなかったので主人は72才まで働いていましたが肝臓を悪くして会社をやめました。今は二人で月10万で生活をしています。(生活再建費用として250万円要したが)電化製品・家具・衣料品250万ではかえない物ばかりありました。
(長田区で被災、民間借家全焼、神戸市営住宅に居住、夫75歳、妻65歳)
災害復興住宅公共20年借り上げの所に入っています。仕事も少なく収入も少ないので生活が大変です。その後20年たった後、住むところが無くなるのではと不安、心配しています。この先どうなるのでしょう。生きていくのがつらくなってしまいます。
(須磨区で被災、借家全壊、神戸市営住宅に居住、50歳代男性、4人家族)
敗戦から50年、やっとのところへ震災の追いうち。短い年数で元に戻るわけがない。行政にもっとやってもらいたい。福祉政策が不十分。愛情がない。事務的過ぎる。
(兵庫区で被災全壊、神戸市営住宅に居住、67歳、男性、独居)
全焼して、自営業を今年廃業。土地建物売却しても土地の価格が低いので毎月返済に苦労してます。
(長田区で被災、神戸市営住宅に居住、全壊、50歳代女性)
震災後、店と自宅を再建しました。それのローン支払にこの不景気で困っています。生活費が少ないので保険などを解約して生活しています。先のことが不安です。 (長田区で被災、借家全壊、62歳男性、自営業)
最低年金生活者で、私85歳、妻80歳で通院中、年金からの今度の保険の天引きはつらい。福祉や介護を受けて居る人が裕福で威張られては情けない。せめてもの家賃補助の継続はぜひとも続行をお願いしたいです。 (灘区で被災、半壊、神戸市営住宅に居住)
国民年金を何とかしてほしい。主人が亡くなったら、要はもらえない事始めて知りました。私の方もらえる様になっても6万では生活していけません。福祉の家賃と医療費ぐらい見てほしい。生活保護もっと考えてほしい。全額面倒みず食費くらい働く様に…年齢もありますけど。
(須磨区で被災、全壊、神戸市営住宅に居住、年齢不明、女性)
災害援護資金を返済中ですが、未だ残額が多いので、「早く終えたい」の気持ちでいっぱいです。現在、減額返済(半額)を許可していただいてます。年齢の事を考えると気になります。家は、「公共借家」のため、「再建」の心配はありませんが、震災当時、圧迫骨折のため、健康器具を買い求める等、健康面での出費が相当ありました。 (芦屋市で被災、全壊、芦屋市復興住宅に居住、70歳代夫婦)
年金は減り、市の障害者手当ても来年から打ち切り、その上家賃の減免を打ち切られると、将来がとても不安になります。そのような事がないよう、おねがいします。
(芦屋市で被災、全壊、芦屋市復興住宅に居住、60歳代男性)
母が亡くなり、兄が植物人間になり、姉が病気がちで、私自身も病気で先が不安。行政が情報を出して、被災者の生活再建へ取り組んで欲しい。 (芦屋市で被災、全壊、芦屋市復興住宅に居住、70歳代男性、独居)
不安で生活ができない。明日の米代に苦労している。仕事も雇ってくれません。仕事を探していますが、年ではねられる。60歳以上の人は仕事が全くありません。生活復興関連事業としていますが、もっと被災者一人一人の為に、真剣に取り組んでほしいです。国にもっと考えて欲しい。精神的に苦労をしている人がたくさんいます。困っている人がたくさんいます。これから高齢者になっていくと不安は身体によくありません。くれぐれもよろしくお願いします。人の幸せを祈っています。書きたいことはたくさんあります。
(西宮市で被災、持ち家全壊、川西市の復興住宅に居住、60歳代、男性、独居)
私の場合は、被災の年に主人がガンで亡くなり、お金も使い、無くなりました。わずかな年金も色々引かれ、もうぎりぎりの生活で、耳も悪く補聴器なしで生活はできません。生活支援が打ち切りになったらどうしたらと思うと夜も眠れません。 (伊丹市で被災、全壊、川西市の復興住宅に居住、年齢不明、女性、独居)
震災後、店と自宅を再建しました。それのローン支払にこの不景気で困っています。生活費が少ないので保険などを解約して生活しています。先のことが不安です。
(長田区で被災、全壊、民間住宅に居住、60歳代男性、3人家族)
介護のことなど
母親の介護をしていますが、内科の場合はかかりつけの病院の往診があるが眼科は往診してくれないので病院までつれて行くのが大変です。中高年の雇用対策です。情報。
(須磨区で被災、借家全壊、神戸市営住宅に居住、50代男性、90歳を過ぎた母と2人暮らし)
世帯主は両足を切断して車椅子に乗っています。今前立腺がんで入院中。肛門が崩れおしめを毎日取り替えるのが大変です。11月1日から入院。私は頼まれた限りはと思い、週に1回三田中央病院に行っています。もう10年になります。早く良い日が来るように。 (明石市で被災、友人が記入したと思われる)
自営業者の生活再建について
持ち家等、自宅兼、店舗・等々、全壊(焼)、半壊(焼)については政策があったが、個人でテナントを借り、機械等をこつこつ購入してやっとの思いで並の仕事ができるとほっとした矢先に震災……。ケミカル業界では(他場産業では)こんな立場の人たちが多く(下請業界)再建不能で、生活苦に困っている。働くに行くにも働き先がない。せめて、機械の償却など、借金対策、仕事対策等の政策があれば、これほどまで体調も悪くならず、借金で苦しむことはないと思う。みえすぎたイベント復興政策も必要と思うが、かくれば、個人・個人のてだてをすることが、一番復興政策の大切なことだと思う。
(長田区で被災、全壊、神戸市営住宅に居住、60代男性、3人家族、高齢の母と同居)
自営業と申しましても、創業以来下請け一本で来まして、この震災に遭遇し、自宅の方も(今は工場)被害が大で、この仕事場の再建の借入金返済が大きくて、、、。仕事の方は、下請けは後回しにされ、受注がとれません。生活の方は手持ち金を持ち出しての生活でしたが、今はそれもなくなりつつあります。
(宝塚市で被災、持ち家半壊、年齢不明男性、2人家族)
行政は被災者に需要な情報を伝えていない
色々支援があったのに知らなかったことが、今落ち着いてアンケート用紙に書かれていることを見ると、情報が伝わっていなかったのだと思われる。最近の被災者にはそのようなことのないよう。自立も必要だけれど、長い目で見て欲しい。このアンケートが役に立つようお願いします。5人家族でやむなく県外に出たのに、切り捨てられたと感じたことがある。地元に留まった人とは違い、仮設住宅にも入れず、90歳の老人をかかえて、日々の支援も受けられなく。始めの頃は県外住宅をかまえたので、(民間住宅家賃補助について)知っていても利用できなかった。好き好んで県外に出たのではないのに、不公平を感じた。
(伊丹市で被災、全壊、川西市の復興住宅に居住、60歳代女性、避難生活中に夫が死亡、現在2人家族)
行政は本当に震災復興政策をやっているのか
この震災でタオル1本、水1本、何も国からしてもらわないで自力でした人もおります。住宅支援でも4〜5年してからではなかったですか。菅原で元に戻りたく、市に土地を売って復興住宅に入りたいと思っても、役人は「抽選です」。不公平な目にあった人がたくさんいます。
(長田区で被災、持ち家全壊、民間住宅に居住、50歳代男性、5人家族、高齢の母親と同居)
被災者自立支援の貸付金において借りる時は就職ができること(自身でつぶれた企業の従業員)を考えて借りたが、その後なかなか就職につけなくて返済に困っている方たちがたくさんおられます。今後被災に会われた方は法律上優遇されますが、今までに被災された方(特に阪神淡路の災害者)途方にくれた生活を余儀なく押し付けられております。都道府県において自立支援金の差があるのは何としても理解しにくい。アンケートの中で被災した住宅を再建するための責任は誰にあるのかの問いに国や自治体等の公共の責任と答えておりますが(強制的な税金の納入)。
(西宮市で被災、借家全壊、明石市復興住宅に居住、60歳代男性、妻と二人暮らし)
現在はもう全てあきらめているのでさし迫って困っていることなし。今後注意すべきは、行政、民間銀行などは個人責任を一番に優先し、力のあるもの、声の大きなものには配慮し、力のない者、何も言わない者には厳しくやってくる、この現実を見ること。今後の政策に相互助け合い、思いやりの精神を一本通してほしい。効率・利益のみでは若人・青年の心が荒れる。私は平成11年自己破産で立ち上がれない。終わりです。長生きはしたくないが、育った神戸へ帰って死にたい。
(東灘区で被災、借家全壊、明石市の復興住宅に居住、70歳代男性、独居)
10年も経つとそれぞれの生活が落着き自分も震災を忘れ運命とあきらめ、老後人に迷惑を掛けず頑張って1日1日を過ごせれば幸せと思います。政策に特に望むことはありません。いくら望んでも無理と分っています。国はなにもしてくれないでしょうから! (中央区で被災、持ち家全壊、60歳代男性、自営業)
飛行場をつくるかわりに被災者に援助金をもっと欲しい。
(東灘区で被災、借家全壊、明石市復興住宅に居住、60歳代女性、高齢の母と同居)
子供たちに未来を
震災当時5歳以下の子供たちは今中学・高校や小学校高学年と一番養育に費用がかかる時期を向かえています。震災で子供たちの数も減りましたが、神戸に戻って神戸っ子としてがんばって生きています。せめて震災の年にお腹の中にいた子供たちが高校を卒業するまでは家賃補助等何らかの支援が必要だと思います。家財などすべて用意し、引越しだけでも費用が通常の人生の中でなくてもいいことがやむなく起こったのですから、毎日過ごしていくので精一杯です。下着も靴も何もかも全てをなくして今ある所まで来たのでギリギリです。なるべく成人するまで神戸っ子の育成のためにも市も支援を考えてほしいです。(家財や他の費用だけで進学させられるだけの預金は十分貯まっていたと思います。)何もかも無くして一から用意する事は本当に容易な事ではないです。お年寄りの方々も大変でしょうが、震災時の子供たちを養育している世帯も大変です。なかなかクローズアップされませんが子供にも目を向けてほしいです。明日の神戸を背負うのは子供たちですから。 (須磨区で被災全焼、神戸市営住宅に居住、30代女性、母子家庭、こども2人)
現在会社が倒産、でも年齢、子供のことで、思うように職につけず、その場しのぎの生活をしている状態です。主人も仕事が減少し、収入も半分以下、子供も高学年になるにつれ、生活費をけずり、月謝を払うという生活。年を重ねるごとに問題は出てくると思います。完全に復興することは難しいと思います。今すぐ復興事業を打ち切られると、生活できなくなるだけじゃなく、子供たちの未来もなくなってしまいます。
(芦屋市、全壊、芦屋市復興住宅に居住、30歳代の妻、5人家族)
罹災証明がない人に震災の重荷が
私たちは結婚前で、お互いの実家で被災しました。幸いにもとりあえず住み続けることはできました。(このことにより私たちは被災者にもなれません。夫の実家は天井がつぶれたのですが、大家さんが届出をしなくて罹災証明はない。私の実家は食器が全て壊れて、ドアが閉まらなくなり、壁に穴もあきましたが、神戸の人のひどさを見て、私たちはまだましと届け出ず、罹災証明はありません。)しかし、私の勤めていた会社(店)はダメージがひどく、建て直すお金はないということで、約半年後閉店になりました(豊中市)。主人の会社にいたっては、ビルが倒壊してしまい(東灘区)、その後全くいい仕事に恵まれません。(同じ条件なら若い人が採用になる。高齢者にも入れない。働きざかりなのに仕事がないのはつらいことです。)震災当時は、命があるだけで、家があるだけで(借家ですが)、と思っていましたが、生活していくには、仕事、お金も必要です。景気がよくなることを願ってはいますが、ここまで働き口が減少し、次々とつぶれていく今はどうしようもありません。住宅以外の支援がどうなっているのか詳しいことは分かりませんが、全て復興したと思っている関東の人間がたくさんいることは、悔しくて悲しいと思います。月10万弱で必死に生きている私たちにとって、月何百万ともらっている政治家の人たちが何を言っても、心を感じることもできません。震災から10年。感じる事は、30代の主人が40代になり、ますます就職が難しくなっていく、ということです。
(尼崎市で被災、一部損壊、30歳代、女性、4人家族)
震災のことは思い出すばかり
もうすぐ10年目ですね。震災の記憶は忘れる頃なのに、どんどん思い出しております。特に私の場合は、主人も地震後亡くなり、息子も考え方が変わってしまって、一人ぼっちです。精神的に寂しく悲しく、家もぺちゃんこで、当地色々のテレビに各区に分けて、悲しい家の姿も映ってました。赤い屋根ですぐ分かります。今でもひきずっているような生活です。頑張ってください。入院しましたので、何一つ、毛布一枚、下着も頂けませんでした。わからない事ばかりで、協力になっているかも分かりません。ごめんなさいね。家を建てられる方はいいですが、戦争で焼け出され、地震でまたまた何もかも失った方は老人ばかりです。日本のためにがんばった方々です。違った方も見直してみては頂けませんか。 (東灘区で持ち家全壊、70歳代、女性、独居)
復興住宅で生活していることへの感謝も
満79歳になり、何時何が起きてもおかしくない私です。何時まで生きられるかわかりません。一生懸命此の頃は、体調の現状維持を考えて生活しています。少しばかりの貯えをチビチビと出しています。年金に足して生活しています。幸いに田舎に居る弟たちが、米が取れると送ってくれます。とても嬉しくまじり気のないお米をよばれ幸せでかみしめています。こんな生活です。家賃も一番安い所に置いてもらってうれしいです。これがいくら位値上がりするのか心配です。どうぞ皆さんの力で現状維持をできます様お願い申し上げます。私はこれからも一人で此の住宅で頑張って生活して行くつもりです。
(灘区で被災、持ち家全壊、土地が借地であった、自立支援金を支給された、神戸市営住宅に居住、70歳代、独居)
国と自治体は連携して支援を
天災とはいえ、なかなか自立は難しく、公的な支援は必要だと思います。神戸市の町の中は復旧しているが、個人の生活はまだまだだと思います。国と自治体とで確実な連携をとってもらいたいです。
(兵庫区で被災、全壊、50歳代女性)
国、地方自治体が取り組んでいる、それでもなかなか解決がもたもたして、他方に金が流れ、頭の解決でなく、安心感のある生活が、未だに解決しない。本当に弱者の思いが分かる。金もあまりかからずにする方法があるはずです。難しく判断するものでなく、本当に弱者に眼を向けてほしいものです。財政難の今日、何にも間に合わない政治が呼ばれる所以です。財源も大事に使って欲しい。したがってそれが本当の政治。国破れて、山河あり、尚国破れて、国民あり。底力の源です。
(芦屋市で被災、持ち家マンション全壊、芦屋市営住宅に居住、年齢性別不明、独居)
住宅に費用がかかり過ぎると、教育費、食費、娯楽費等が不足するようになり、人々の気持ちが荒れてしまいます。現行の住宅政策は、住宅に住む人たちの心の問題を無視しているのではないかと思います。貧しい人たちのための公共住宅建設を打ち切ることには反対です。住宅不足で困っている日本国民をほったらかしにして、イラクに自衛隊を派遣するより、良質で低家賃の公共住宅を増やして欲しいと思います。
(芦屋市で被災、持ち家マンション全壊、芦屋の復興住宅に居住、50歳代女性、独居)
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