|
国立市マンション訴訟が敗訴
(04/11/05)
<目次>
国立市マンション訴訟が敗訴 - 吉田つとむ 10/29-01:05 No.5152
国立市マンション訴訟が敗訴 - 笹山登生さん(転載) 10/29-01:10 No.5153
--------------------------------------------------------------------------------
国立市マンション訴訟が敗訴 - 吉田つとむ 10/29-01:05 No.5152
さる10月27日、国立市の駅前通に面した高層マンションの高さ制限に関する訴訟で、東京高裁は1審の判決を覆し、個々の住民の景観に関する利益と権利はないとの判断を下しました。
その結果、国立市の条例で高さ制限を越える部分を削るように指示した命令が取り消されました。
もとより、今回の判決にマンション反対の住民が納得することはなく、最高裁に上告するものと考えられます。
一方で、マンション建設業者側は、マンション建設の進行中に条例でもってその高さ制限を行った措置に対して、損害賠償請求が認められる可能性が出てきました。
他の高層マンション建設に対しても、大きな影響を与えるでしょう。
-------------------------------------------------------------------------------
国立市マンション訴訟が敗訴 - 笹山登生さん(転載) 10/29-01:10 No.5153
おなじみの笹山登生さんは、そのHP掲示板で次のように論評しています。いつも引用転載をさせていただいています。
笹山登生HPのBBS
●8165 国立マンション訴訟の矛盾−個人としての景観権なのか?コミュニティとしての景観権なのか?- 笹山登生 104/10/28(Thu) 07:58:55
http://www.sasayama.or.jp/saboard/b_board.cgi#8165
国立マンション訴訟の1審においては、住民の景観利益を認めたのだが、昨日の東京高裁判決におい手は、一転、。「個々の国民が個別的な権利・利益として良好な景観を享受する地位を持つものではなく、個人の人格的利益とは言えない」として、1審とは逆に「景観利益」を認めない判断を示した。
つまり、「良好な景観は国民共通の資産で、適切な行政施策で保護されるべきだ」として、「景観が良好かどうかの判断は主観的で一人ひとり異なり、裁判所が判断するのは適当ではない」としたものである。
ここで、問題は、二つある。
ひとつは、景観利益を裁判所は判断できないとする見解である。
これについては、従来からも、人格権の援用で、景観権を解釈する限り、「地域住民は、景観・環境そのものに利益・権利を得ているのでなく、観光サービスなど、景観・環境などを利用し、経済行為をすることによって、利益(反射利益という)・権利を得ている」限りでしか、個人としての景観権を認めることができず、これ以外の場合においては、差し止め請求の対象となりえない。」とする、これまでの司法の見解を一歩も出ていないということである。
第二は、個人としての景観権とコミュニティとしての景観権を、分離して、司法解釈したことである。
これについても、「公権力の公共益と、原告個人の私的利益との利益の比較衡量によって、原告が、その環境被害にたえうる受忍限度を超えなければ、裁判所による差止め請求権・損害賠償請求権の認容は、ならない。」とする、従来の司法の見解を一歩も出ていない。
要は、司法が、反射利益以外の景観利益をみとめるかどうか、住民個々でない、団体訴訟を、司法が認めるかどうか、この二点が解決されない限り、住民にとっての景観権は、確立のしようがないのである。
(以上、記事転載)
-------------------------------------------------------------------------------
|